長谷山信香院|小川港の隣に佇む500年寺から歴史を巡ろう(焼津御朱印巡り)
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長谷山信香院|小川港の隣に佇む500年寺から歴史を巡ろう(焼津御朱印巡り)

📅 2023年12月17日✍️ 塩川新聞舗

こんにちは。やいだら通信編集部です。

今回は焼津市内で500年以上続く、曹洞宗のお寺「信香院」です。

小川港がすぐ目の前にある立地で、石津周辺の散策と合わせて参拝に行ける場所にあります。御朱印巡りや焼津七福神巡り、2024年1月に松本幸四郎主演で5代目が始まる『鬼平犯科帳』の聖地巡りとしても足を運べます。

そんな信香院の歴史と見どころについてご紹介します。

信香院のアクセス方法・行き方

車でのアクセス

東名高速道路「焼津IC」から車で約12分

バスでのアクセス

JR焼津駅前から

  • 一色和田浜〔一色経由〕[しずてつジャストライン] [水産加工センター方面] に乗車後、「小川小学校前バス停」で下車、徒歩約10分。
  • 一色和田浜〔和田橋経由〕[しずてつジャストライン] [水産加工センター方面] に乗車後、「小川小学校前バス停」で下車、徒歩約10分。

バスの本数は多くありません。あらかじめ時刻表でご確認ください。

信香院の歴史と由来

創立年度は不明。1517年(永正14年)、暴風によって建物が大破したため、開山の通山芳釈和尚は小川城主長谷川治郎左衛門正長に相談をしました。相談を受けた長谷川正長は堂宇を建立し、長谷山信香院としました。

ちなみにこの、長谷川正長の次男、宣次の8代目子孫が池波正太郎の小説『鬼平犯科帳』の主人公「鬼平」として有名な長谷川宣以(通称:平蔵)です。

また、正長の祖父、正宣は同じく焼津市内にある「高草山 林叟院」の開基で林叟院には正宣夫妻のお墓があります。

1568年(永禄11年)、武田信玄の兵火によって堂宇が焼失。1572年(元亀3年)、開基の正長が討死(享年37歳・信香院にお墓があります)。

1586年(天正14年)、2世の法慶和尚が再び堂宇を建立しました。その後何度かの修理修繕を繰り返し、今に至ります。

信香院の宗派とご本尊

宗派

曹洞宗

ご本尊

十一面観世音菩薩

信香院の御本尊は十一面観音で、 現在まつられているお像は、10代目住職時代の西暦1687年(貞享4年)に安置されたものです。 十一面観音は「11の顔を持ち、10方に目を向け、救いを求める人を1人も見落とさない」とされています。

ちなみに信香院の十一面観音像は、頭上正面に1つ、左右に4つずつで、本体と合わせても10面しかありません。長年不思議に思われていましたが、1923年(大正12年)の仏像修理にて、お腹の中にもう一体の仏像があることがわかりました。

この胎内仏を合わせて11面としたものと思われます。

信香院の見どころ

恵比寿様蔵

出典:信香院(静岡県焼津市) | 気まぐれ書店員の御朱印帳

ご本尊の横にはなんと恵比寿様蔵があります。お寺に神様がいるのはなんとも不思議な光景ですね。

そのため信香院は焼津七福神の1つです。

焼津七福神

  • 法華寺
  • 法昌寺
  • 正岳寺
  • 泰善寺
  • 海蔵寺
  • 成道寺
  • 信香院

本堂

出典:信香院(静岡県焼津市) | 気まぐれ書店員の御朱印帳

鐘楼

出典:信香院(静岡県焼津市) | 気まぐれ書店員の御朱印帳

長谷川正長公墓所

出典:海の町の恵比寿様に会いに行く~親水公園「ふぃしゅーな」から信香院~ | やいづライフ

信香院の御朱印

出典:信香院(静岡県焼津市) | 気まぐれ書店員の御朱印帳

まとめ:500年続く焼津のお寺で歴史散策に触れよう

信香院は

  • 御朱印巡り
  • 焼津七福神巡り
  • 『鬼平犯科帳』の聖地巡り

としても足を運べるお寺です。

500年以上続くお寺に参拝し、焼津の歴史に触れてみてはいかがでしょうか?

信香院の概要

名称・読み方

信香院(しんこういん)

電話番号

054-624-3920

住所

〒425-0033静岡県焼津市小川3481番地7

駐車場

あり

御朱印

あり

参拝可能時間

終日解放

寺務所受付時間

拝観料

無料

Webサイト

http://www.shinkoin.jp/

SNS

https://www.youtube.com/@user-eb8dp8bz9h

執筆者

塩川新聞舗

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